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東京地方裁判所 昭和59年(刑わ)1994号 判決

本籍

香川県仲多度郡多度津町大字東白方二三五番地

住居

東京都保谷市北町二丁目一二番二五号 三橋昭仁

無職(元団体役員)

村井弘

大正一三年九月二七日生

右の者に対する背任、業務上横領、所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(認定事実)

第一学校法人村井学園の沿革及び本件犯行の経緯……背景等

学校法人村井学園(以下単に「村井学園」ともいう)は、大正一四年村井熊太により設立された立川高等女学校を前身とし、昭和二年これが財団法人となり、その後私立学校法の施行に伴い昭和二六年三月村井学園の名称のもとに学校法人として組織の変更がなされ、事務所々在地の東京都立川市高松町三丁目において、立川女子高等学校、立川女子中学校(昭和四八年以降生徒募集中止)、立川幼稚園を経営している。

同学園においては、昭和二一年熊太の後を継いで同人の長女愛子の夫村井矯平が理事長になり、昭和三四年矯平死亡後右愛子が理事長となったが、昭和四九年同女が死亡したことにより、矯平及び愛子の長女で被告人の妻みどりが理事長に就任した。

被告人は、東京大学文学部在学中の昭和二六年前記みどりと結婚して村井姓を名乗り、卒業後立川女子高等学校の講師を経て昭和二九年専任教諭となり、理事長の矯平を補佐し村井学園の経営にも携わるようになったが、昭和三一年学園の創設者熊太が死亡し、続いて矯平も病に倒れてからは、立川女子高等学校の校長代行となって事実上学園経営において責任者としての役割を果たすようになり、昭和三四年一二月矯平が死亡し、愛子が理事長になると、自ら理事に就任するとともに同女子高、中学校の校長及び同幼稚園の園長になり、かつ理事長代行として同学園の運営を全面的に任されるようになり、以後校舎、図書館の建設、生徒数の拡大等学園基盤の安定、充実のため努力を重ねる一方、学務、人事、経理等学園の業務に関する一切の権限を掌握し執行していたものであり、これに対し、愛子及び同女を継いだみどりは理事長とは名ばかりで、いずれも家庭にいて学園の業務には全く関与せず、他方学園の業務決定機関である理事会は、村井家の一族で構成され、有名無実の存在で独自の活動をすることはなかった。

ところで、村井学園は、熊太の個人資産をもとに設立運営されてきたものであり、愛子が理事長をしていたころ、学園の校舎の敷地等学園存続の基礎となる資産は同女の所有となっていたが、被告人は、みどりとの婚姻に際し村井姓を名乗ったものの、矯平、愛子との養子縁組を結んでいなかったため、愛子の財産を相続する立場になかったところ、愛子は、死の直前みどりの妹みち子の夫松本雄三の巧みな慫慂により、みどり、被告人間の実子五人とみち子、松本間の実子二人を養子としたほか、右松本をも養子としながら、被告人を養子とせず、このため被告人一人だけが愛子の相続人の立場から排除されるという事態が生じた。このように、被告人は、これまで学園の運営に関与していなかった松本が、被告人を措いて村井家の財産を取得できる相続人の地位に就き、また愛子の死後松本を学園の理事にすることを理事長のみどりに承諾させる書類を作らせるなどし、さらに現実に遺産の分割を請求したため、次第に松本に学園経営の実権を奪われるのではないかとの危機感を強め、将来の生活資金を確保し、学園が被告人の援助を必要とするように学園に余剰の資金を残さないため自己の資産を蓄積し、また学園の収入を自己のため自由に散財することをも考えるに至り、後記各犯行に及んだ。

第二罪となるべき事実

被告人は、学校法人村井学園(理事長村井みどり)の理事で、同学校法人が経営する立川女子高等学校の校長及び立川幼稚園の園長を兼ね、同理事長を代行して、同学校法人名義の預金類の管理及び小切手の振出行為を含む同学校法人の金銭出納・経理等の業務全般を統括掌理していたものであるが、

一  同学校法人のため誠実にその業務を遂行する任務を有していたにもかかわらず、その任務に背き

(一) 自己の利益を図り、同学校法人に損害を加える目的をもって、別紙犯罪事実一覧表(一)記載のとおり、昭和五五年一月二九日ころから同五八年六月一九日ころまでの間、前後三七回にわたり、東京都立川市高松町三丁目一二番一号所在立川女子高等学校外五箇所において、自己が株式会社三越等から購入した高級腕時計、宝石、象牙、別荘、ゴルフ会員権等の代金並びに自己の妻子らの遺産分割家事調停事件の弁護士報酬の支払いとして、学校法人村井学園理事長村井みどり振出名義の小切手合計四八通(金額合計一億五六一九万六七九〇円。但し、別紙犯罪事実一覧表番号37の小切手金額には同学校法人の正規の支払分である五〇万九二五〇円を含む)及び学校法人村井学園立川女子高等学校長村井弘振出名義の小切手合計七通(金額合計九七五万六一四〇円)を作成して右三越社員斉藤宏外一〇名に交付し、よって同学校法人に対し、金額合計一億六五四四万三六八〇円(右各小切手の合計金額から右五〇万九二五〇円を控除したもの)小切手債務を負担させて財産上の損害を加えた

(二) 岡野貴美子らの利益を図り、同学校法人に損害を加える目的をもって、別紙犯罪事実一覧表(二)記載のとおり、昭和五四年七月九日ころから同五八年九月一六日ころまでの間、前後一三三回にわたり、前記立川女子高等学校等東京都内において、同女らの生活資金等として、学校法人村井学園理事長村井みどり振出名義の小切手合計一一九通(金額合計二二七一万五五二〇円)及び学校法人村井学園立川女子高等学校長村井弘振出名義の小切手合計一七通(金額合計三三二万七九〇〇円)を作成して右岡野外二名に交付し、よって同学校法人に対し、金額合計二六〇四万三四二〇円の小切手債務を負担させて財産上の損害を加えた。

(三) 自己の利益を図り、同学校法人に損害を加える目的をもって、別紙犯罪事実一覧表(三)記載のとおり、昭和五五年一月一五日ころから同五九年四月二五日ころまでの間、前後二二七回にわたり、東京都立川市高松町三丁目一二番一号所在被告人方外四箇所において、自己が総合経営株式会社等から購入した別荘、宝石、書画、骨とう、美術品、ゴルフ会員権等の代金並びに自己の駐車場建設代金、固定資産税の支払い等として、学校法人村井学園理事長村井みどり振出名義の小切手合計二三一通(金額合計四億二一七六万五八二三円)及び学校法人村井学園立川女子高等学校長村井弘振出名義の小切手合計三二通(金額合計三四七九万七九五五円)を作成して右総合経営社員濱野員行外二四名に交付し、よって同学校法人に対し、金額合計四億五六五六万三七七八円の小切手債務を負担させて財産上の損害を加えた。

二(一)  同学校法人の運営資金を、東京都立川市曙町二丁目八番二八号所在株式会所多摩中央信用金庫本店に設定した学校法人村井学園理事長村井みどり名義の当座預金口座に預金するなどして同学校法人のため業務上預かり保管中、別紙犯罪事実一覧表(四)記載のとおり、昭和五四年八月一三日ころから同五七年一〇月二六日ころまでの間、前後七回にわたり、右信用金庫外一箇所において、自己が購入したゴルフ会員権及び別荘の支払代金並びに愛人の生活資金等自己の用途に充てるため、ほしいままに右預金口座等から、同表「預金払出方法等」欄記載の方法により、合計一三〇〇万八五〇〇円を払出しもしくは払出後保管中費消して横領した。

(二)  同学校法人の運営資金を、前記多摩中央信用金庫本店外六箇所に設定した学校法人村井学園理事長村井みどり名義の当座預金口座及び東京都立川市曙町二丁目四番六号所在株式会社富士銀行立川支店に設定した学校法人村井学園立川女子高等学校長村井弘名義の当座預金口座に預金して同学校法人のため業務上預かり保管中、別紙犯罪事実一覧表(五)記載のとおり、昭和五三年一一月八日ころから同五八年九月一二日ころまでの間、前後一二五回にわたり、右信用金庫外六箇所において、自己が購入した別荘の支払代金、借入金返済、固定資産税納付等自己の用途に充てるため、ほしいままに右預金口座から、同表「預金払出方法」欄記載の方法により、合計一億六六五万六四七〇円を払出して横領した。

三  前記のとおり、自己が購入した別荘、宝石、高級腕時計等の代金の支払いを同学校法人の資金で行うなどして同学校法人から多額の収入を得ていたのにかかわらず、同学校法人の右資金の支出を架空会社である高野建設株式会社等に対する校舎建設費(建設仮勘定)や修繕費等と計上する仮装の経理処理を行って、同学校法人から自己への収入の事実を隠ぺいするなどの方法により所得を秘匿した上

(一) 昭和五六年分の実際総所得金額が二億三一三八万九一三八円(別紙1修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五七年三月一五日、東京都立川市高松町二丁目二六番一二号所在所轄立川税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が一一六八万一八一九円でこれに対する所得税額が四三万七〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五九年押第一三六八号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億五五七一万八六〇〇円と右申告税額との差額一億五五二八万一六〇〇円(別紙3ほ脱税額計算書参照)を免れた

(二) 昭和五七年分の実際総所得金額が二億九六一七万九八三五円(別紙2修正損益計算書参照)で、これにに対する所得税額が二億四二〇万五五〇〇円(別紙3ほ脱税額計算書参照)であったのにかかわらず、右所得税の申告期限である同五八年三月一五日までに前記立川税務署長に対し所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により右同額の所得税を免れた。

ものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人作成の上申書三通

一  被告人の検察官に対する昭和五九年六月七日付(以下月日のみ記した分は昭和五九年をあらわす)、六月一一日付、六月二五日付(本文六四丁分)、六月二七日付(八丁分)、六月二八日付、七月五日付(一五丁分)、七月一〇日付、七月一七日付(本文二六丁分)、七月一八日付(公判調書(供述)群八八一〇丁の分を除く四通)各供述調書

一  証人松本雄三、同村井みどり、同村井正、同吉田彭、同大高正人、同渡辺美博、同北原彰曠の当公判廷における各供述

一  村井正(六通)、村井みどり(八通)、棚田孝(三通)、北島みさお、大森正昭、大森正男、岡澤泰雄、塩田泰克、村井力、松本雄三(二通)、斉藤宏(六月三〇日付)、新川誠(六月二八日付)、桑原和夫(六月二八日付)、立花孝、松本昭(六月三〇日付)、川西五郎(三通)、川西博次、高橋悦子(三通)粂川ラク、関根英夫、大野豊樹、白倉良一、小松瑞郎、金子重夫(六月一二日付二通及び六月二〇日付)、高橋一夫、黒須直樹、柴田成子、森仁作、松本充司、藤野幸長、田中義久、鮎川清位、伊藤愼五、玉川雅、竹内稔、勝田優、栗原正芳、中村陽子、栗原秀一、内田稔、木下彰、池田政治、西本太郎、多田清之助(二通)、渡辺美博(二通)、高橋清輝、越智裕男、吉田彭、斉藤徹、小澤節子、和田哲、岡田和明、岡野博、村井みちよ(四通)、村井ひろみ(三通)、清野光重、山崎邦夫(四通)の検察官に対する各供述調書

一  金子重夫(二通)、高橋一夫、高橋悦子、村井正(四通)作成の各上申書

一  検察官及び検察事務官共同作成の検証調書

一  検察官作成の写真撮影報告書三通(六月一一日付二通、六月二〇日付一通)及び捜査報告書三通(五月三〇日付、六月七日付、六月一六日付各一通)

一  検察事務官作成の写真撮影報告書七通(五月二八日付一通、六月一一日付四通、六月一六日付一通、七月一七日付一通)及び捜査報告書(六月二五日付)

一  学校法人村井学園の登記簿謄本及び閉鎖登記簿謄本の各写し

一  新宿区大久保所在の宅地の登記簿謄本の写し八通

一  公図の写し二通及び被告人作成の図面の写し

一  家屋課税台帳等登録事項証明書の写し

一  戸籍謄本の写し二通及び除籍謄本の写し

一  村井愛子作成の遺言書の写し

判示第二の一の(一)、(三)、同二の(一)、(二)、同三の各事実につき

一  検察官作成の七月一八日付(公判調書(供述)群四一二九丁の分)捜査報告書

判示第二の一の(一)、同二の(一)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二〇日付(本文三一丁分)供述調書

一  証人七戸哲三の当公判廷における供述

一  七戸哲三(五通)、岡崎博の検察官に対する各供述調書

一  検察官(笠間治雄)作成の六月二五日付捜査報告書

判示第二の一の(三)、同二の(二)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する七月八日付、七月一二日付(本文一一丁分)、七月一四日付(本文四七丁分)、七月一六日付(本文二六丁分)各供述調書

一  木内修、白石征博(二通)の検察官に対する各供述調書

一  検察官作成の六月三〇日付捜査報告書

判示第二の一の(一)、同二の(一)の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二一日付、六月二二日付(本文四丁分)各供述調書

一  証人月村寛の当公判廷における供述

一  月村寛、丸茂寧の検察官に対する各供述調書

判示第二の一の(一)、同二の(三)の各事実につき

一  安戻郡和田町花園所在の建物の登記簿抄本及び同宅地の登記簿謄本

判示第二の一の(二)、同二の(一)の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二六日付供述調書

一  小林良子の検察官に対する供述調書二通

一  検察官作成の六月二三日付捜査報告書

一  検察事務官作成の七月五日付捜査報告書

判示第二の一の(三)、同二の(二)の各事実につき

一  検察事務官作成の電話聴取書

判示第二の一の(一)、(三)、同三の各事実につき

一  証人栗原多加雄の当公判廷における供述

一  検察官作成の七月一六日付(公判調書(供述)群三六九二丁の分)、七月一七日付各捜査報告書(公判調書(供述)群四二八九丁の分)

判示第二の一の(一)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二〇日付(本文一九丁分)、六月二三日付(本文一八丁分及び本文二六丁分)、六月二二日付(本文一五丁分及び本文二〇丁分)、六月二七日付(公判調書(供述)群八九七七丁の分)各供述調書

一  斉藤宏(五月三〇日付、六月二日付、六月五日付、六月二二日付)、大沢正夫、青山和宏、熊倉隆治、浜松功、高田雅志、高野清、桑畑充博、小方眞幸、内田昇、山中規雄の検察官に対する各供述調書

判示第二の一の(二)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二五日付(本文八丁分)供述調書

判示第二の一の(三)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する七月五日付(本文二五丁分)、七月七日付、七月一二日付(本文一〇丁分及び本文三三丁分)、七月一四日付(本文二二丁分)、七月一六日付(本文三六丁分)各供述調書

一  証人濱野員行、同久保明、同西田みさを、同新川誠、同和光浩、同吉岡茂、同松本昭の当公判廷における各供述

一  濱野員行、浅古義範、久保田明、福多喜孝、石田照夫、西田みさを、金井輝男、新川誠(六月一八日付)、和光浩、池上至、吉岡茂、関根誠二、大久保昭、荒川忠、岸本俊夫、金子重夫(六月一四日付及び七月一〇付)、高野光三、黒須直樹、桑原和夫(六月二五日付及び六月二三日付)、栗原多加雄(六月二五日付)、松本昭(六月一四日付及び七月七日付)、竹田房宏、大口昭夫、藤瀬久和の検察官に対する各供述調書

一  新川誠、吉岡茂作成の各上申書

一  検察官作成の電話聴取書及び七月一六日付(公判調書(供述)群五一七〇丁の分)捜査報告書

一  日本フアミリー協会作成の回答書

判示第二の一の(一)の事実につき

一  被告人の検察官に対する六月一九日付、六月二五日付(九丁分)各供述調書

一  栗原多加雄(五月二八日付)桑原和夫(五月二九日付)の検察官に対する各供述調書

一  斉藤宏作成の上申書

一  吾妻郡草津町所在の宅地及び建物の各登記簿抄本並びに引佐郡三ケ日町所在の宅地の登記簿謄本

判示第二の一の(二)の各事実につき

一  岡野貴美子(三通)、中島里子(二通)の検察官に対する各供述調書

一  検察官(勝丸充啓)作成の捜査報告書二通(六月二四日付及び六月二五日付)

判示第二の一の(三)の各事実につき

一  小森庄太郎の検察官に対する供述調書

一  検察官作成の七月一四日付(公判調書(供述)群五一六六丁の分)捜査報告書

一  検察事務官作成の昭和六〇年五月二二日付捜査報告書

一  足柄下郡箱根所在の山林及び建物の各登記簿抄本

判示第二の二の(一)、(二)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二七日付(公判調書(供述)群九二八八丁の分)供述調書

判示第二の二の(一)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する六月二三日付(一七丁分)供述調書

一  栃尾秋夫の検察官に対する供述調書

判示第二の二の(二)、同三の各事実につき

一  被告人の検察官に対する七月一七日付(本文七丁分及び本文二〇丁分)各供述調書

一  増子英孝、上田正之(二通)、金丸芳枝の検察官に対する各供述調書

一  検察官作成の七月一三日付、七月一四日付(公判調書(供述)群五一七六丁の分)各捜査報告書

判示第二の二の(二)の事実につき

一  被告人の検察官に対する七月六日付供述調書

一  中山りつ子(二通)、片野孝夫、水谷政信、小森秀夫の検察官に対する各供述調書

一  逗子市小坪所在の建物の登記簿抄本

判示第二の三の事実につき

一  被告人の検察官に対する七月九日付、七月一五日付、七月一八日付(公判調書(供述)群八八一〇丁の分)各供述調書

一  収税官吏作成の不動産収入調査書、租税公課調査書、支払手数料調査書、修善費調査書、申告不動産所得調査書、給与収入調査書、給与所得控除調査書、一時所得調査書、不動産所得(村井みどり)調査書、店主勘定調査書

一  検察官作成の七月一五日付、七月一八日付(公判調書(供述)群八四二二丁の分)各捜査報告書

一  検察事務官作成の七月一六日付捜査報告書

一  押収してある所得税確定申告書等一袋(昭和五九年押第一三六八号の1)

(主張に対する判断)

弁護人及び被告人は、本件公訴事実中、背任及び業務上横領の各事実については、このうち、デパートから購入した腕時計、宝石、日用雑貨類の代金、家事調停事件の弁護士報酬、自動車の購入代金、親しくしていた女性への生活資金の援助、固定資産税、駐車場建設費等個人的用途の支払いのために学園の小切手を振出し、あるいは預金を払戻し領得した行為に関しては背任、横領の事実を認めるものの、不動産、ゴルフ会員権、書画、美術品等の購入はいわゆる学園資産ないし学園の備品として取得したものであるから、これに関連する学園資金の使用は背任・横領にあたらないと主張し、本件所得税法違反の各事実については、右のとおり学園のためにした資産、備品の購入に関する学園資金の使用は被告人個人の収入ではなく、又一部自認する背任、横領に関する収入は将来返済すべき学園からの借入金として考えていたので被告人の収入であるとの認識がなかった、架空の経理処理は補助金を受けていた東京都の監査を通過させるためのもので所得税ほ脱のためにした不正行為ではない、昭和五七年分の確定申告をせず法定の期限を徒過させたのは所得税ほ脱のためにしたのではない、背任、横領による収入は所得を構成しないなどと主張する。そこでこれらの点につき以下に検討を加える。

一  背任及び業務上横領の各事実

(一)  昭和五九年六月二七日付起訴状公訴事実第一の一中犯罪事実一覧表(一)番号37の事実について

所論は、昭和五八年六月一九日三越に対する支払いのため交付された四六五万円の小切手金額中には、立川女子高等学校口座分の四七万九二五〇円及び村井学園口座分の三万円が含まれており、右代金はいずれも学園の歳暮等の贈答品代であるからこの分については学園のための支出であると主張する。

そこで、検討すると、三越社員で本件小切手を支払いのため被告人から受領した斉藤宏の検察官に対する昭和五九年五月三〇日付、六月二二日付各供述調書によれば、三越においては村井弘、立川女子高等学校、村井学園各名義の三個の口座が開設されていて、三越からの買掛による物品の購入は右の三口座を利用してなされていたところ、昭和五八年六月一九日ころ右斉藤に交付された本件四六五万円の小切手金額は、村井弘の口座を利用して昭和五七年一二月一五日から同月三一日までの間に個人的用途のために購入した婦人腕時計外四点の代金合計四一六万一三〇〇円のうちの四一四万七五〇円及び立川女子高等学校の口座を利用して同月一八日、一九日に購入した石けん、スモークサーモン二三四点の代金と送料の合計四七万九二五〇円並びに村井学園名義の口座を利用して同月二八日購入したスモークサーモン三点の代金合計三万円を支払うためのこれを合算したものであったことが認められ、右の立川女子高分と村井学園分は購入物品の性質、数量、時期からして村井学園の歳暮類の贈答品代であると考えられるから、その支払いは同学園のための支出であると認められる。従って、弁護人主張のとおり、本件小切手金額中、右の二口座分を除いた村井弘の口座分四一四万七五〇円について背任罪の成立を認めるのが相当である。

(二)  昭和五九年七月一八日付起訴状公訴事実第一中別紙犯罪事実一覧表(一)番号41Ⅱの事実について(弁論要旨総論一の(四)9)

所論は、昭和五五年八月五日伊勢丹へ交付した二万九二〇円の小切手は学園の備品として購入した物品の代金の支払いであると主張する。

そこで検討すると、伊勢丹社員で被告人から本件小切手を受取った和光浩及び同社員の経理部員池上至の検察官に対する各供述調書によれば、伊勢丹においては村井弘と立川女子高等学校名義の二口座が開設され、本件二万九二〇円の小切手は、昭和五五年五月二二日ころ立川女子高等学校の口座を利用して購入した味の素詰合せセット七点及び紅茶一点の代金合計二万五〇〇円と送料四二〇円の支払いとして、同年八月五日ころ交付されたことが認められ、右物品の性質、数量等からすると学園のための支出と考える余地があるから、この分については背任罪を認めるには疑問がある。従って、弁護人の右の点に関する主張も理由があるが、本件小切手を交付した行為は、これと同時に交付され背任罪の成立が明らかである一一万五六五〇円の小切手(右村井弘口座分の支払い)に関する行為と合せて一罪として起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(三)  学園の資産ないし備品の主張について

所論は、被告人が純然たる私的用途に村井学園の資金を使用した分を除き、それ以外のマンション、ゴルフ会員権、美術品、書籍類等を購入するため学園資金を使用した分は、学園のためにしたもので、被告人には任務違背の認識も不法領得の意思もなかったから、背任及び業務上横領の罪は成立しないと主張し、その理由として、被告人は松本雄三らに学園を経営する地位を奪われかねない状況に陥り、これに対応する方策として、学園に現金を残さず、学園資産を村井家名義にして、万一同人が乗取りを策しても村井家の承諾なしには学園資産を自由にできない態勢を作ることが必要であると考えこれらの物件を購入したもので、所有名義を被告人としたのは、妻のみどりや子供達の名義では心配であり、村井熊太の信念を受け継ぎ村井学園がすべてであった被告人の名義にするのが妥当であると信じたからである(弁論要旨五四頁)、学園資産を被告人名義にしておけば、松本らがこれらを自由にできず、乗取り防止には最適であると考え、代々学園資産を村井家のものとしていた家訓に則り、学園名義の資産を残さず将来良き後継者が出現した場合それに一切を委ねることにし、将来値上がりして学園の資金上役に立つ不動産等を購入したものである(同九二頁、一〇一頁、一〇六頁)、図書や美術品は、将来学園の規模を大きくし大学を設置した場合の必要備品として利用し、かつ値上がりも予想でき有利な利殖方法とも考え購入した(同六三頁、一〇五頁)などと述べている。

そこで、右の主張につき、被告人の当公判廷における供述(上申書における供述を含む)とも対応させながら検討する。

松本雄三が被告人を措いて愛子と養子縁組を結び、同女の死後その遺産を相続した者の一員となったうえ、自ら村井学園の理事となるため種々画策し、このため同学園における地位が次第に安泰でない様相を呈してきたことは判示認定のとおりであり、この点は所論に添うものではあるが、本件犯行の動機ともなるものである。

被告人は、当公判廷において、学園の資金を使用し不動産や美術品等を購入した理由について、所論のように供述しているが、村井学園は私立学校法に準拠して設立され独立した人格をもった学校法人であり、学園の資金や資産は当然学園自身で保有すべきものであって、これを他の者が保有しあるいはその所有名義にすること自体元来許されないことであることをまず指摘しなければならない。村井学園においても私立学校法三五条一項の規定に基づき法人役員たる理事を五名置いており、本件当時被告人は理事であったものの、同学園は、法三七条一項但書に基づき同学園の寄附行為八条において理事の代表権を理事長ひとりに制限するとともに、学園の予算借入金、不動産購入などの重要事項については、理事の三分の二以上の議決を要するものとされており、さらに同学園の寄附行為を補充するものとして、同学園の経理規程が設けられており、帳簿、書類の取扱い、金銭の支出手続、金融機関との取引、固定資産の管理等について、かなり厳格な規定が置かれ、法人たる村井学園の財産管理及び健全運営の方針が貫かれているのであり、被告人も、前記のとおり昭和三一年ころから事実上学園経営の責任者として、毎年の法人決算等の手続内容に関与して来たのであり、これら村井学園の寄付行為や経理規程に反する学園収入の処分が、法人たる村井学園の許容しうるものでないことは当然に知っていたものと認められるのである。また犯行の縁由として述べる松本雄三の学園乗取りという点についても、学園の経営が誰によってなされるかは、定められた手続に従って決められることで、松本が不適格で被告人でなければならぬというわけでもなく、右の事態に対する危惧というのも、所詮は被告人個人の利害に関することといっても過言ではなく、これを理由に学園資産を被告人のものにすることが許されるわけではない。従って「松本雄三の学園乗取り防止のため学園資産として現金を残さず物としておき被告人名義にして同人の自由にさせないようにする」との主張ないし弁解自体既に根拠の乏しいものである。

被告人は、資産を被告人名義にしたのは、これを松本らの自由にさせないための一時的便法であって、実質は学園の所有と考えており、良き後継者が定まれば資産は学園に移すつもりであったと述べ、背任の故意や不法領得の意思がなかったことを強調する。しかし、資産を松本らの自由にさせないとか、後継者の良し悪しを自分で判断し、学園へ資産を移譲するか否かを自分の一存で決めるということ自体、まさに資産を実質的に被告人が所有していることにほかならない。被告人が当公判廷において、自己の気に入らない者が後継者になった時資産はどうするかとの質問に対し納得のいく説明ができなかったのも当然である。被告人の右の供述は背任や横領の犯意を否定する支えとはならない。被告人が学園のために不動産等の資産を購入したというのは、被告人が当公判廷において述べるだけで、本件証拠上このことをうかがわせる事情を全く見出すことができないのみならず、被告人が昭和五三年一一月六日購入した逗子マリーナ本館につき、内装工事を施し家具調度をととのえ、被告人の家庭に自家の別荘として使用させていた事実は、被告人の右供述と相容れない。

同様に、美術品、書籍類その他の学園備品としての主張についても、被告人の供述は容易に受け入れ難い。すなわち、「将来、大学を設置する場合に備えての必要備品」という点については、被告人自身公判廷で認めるように、大学設置はまだ具体性をもって検討されていた事柄でなく現実性を欠いた話であり、備品としての性格も、これらの物品が系統だてて購入されたわけでないばかりか、備品としては必ずしも適切でない物が多く、むしろその大半の物品が被告人の好みに合わせて出入業者に勧められるまま購入したものと認められるばかりか、所論の将来の大学設置の構想なるものを考慮しても、右の物品はあらかじめその時点で購入しておかねばならぬ物でもないのである。さらに、これらの物品のうちデパートで購入した分などは、純然たる私物と同じ方法で買われ、代金の支払いも学園の小切手で一緒に行なわれているのであって、本件で問題となっている物品を、被告人が特に私物と区別し、学園の備品と認識して購入したかは甚だ疑問である。このことは、被告人の当公判廷における供述にもあらわれており、被告人自身両者の境界があいまいであることを認めつつ、象牙、ルビー、能面がどちらに属するのかその認識が動揺している(公判調書(供述)群一〇八六丁、一〇八七丁、一二九七丁、一三〇一丁)。また、本件物品の購入後の取扱われ方をみても、これらの物品は、多くが当時被告人の寝泊りしていた学園図書館の一室その他に雑然と積まれ、一部は被告人の自宅に保管されていて、学園の備品として台帳に登録されていないばかりか、学生や教職員の利用にも供されずほとんどの者がこれらの物品の存在すら知らず、一部を見たことのある教職員は被告人の私物であると考えていたことが認められ(吉田彭、斉藤徹、棚田孝の検察官に対する各供述調書等)、被告人が学園のために右の物品を購入したことをうかがわせる事情は存しない。

以上のとおり、被告人が学園のために資産や備品を購入したとの供述は、不自然、不合理な内容に満ちていて、とうてい信用することができない。もともと、被告人が家族の買物や建設費などの個人的費用、親しい女性への援助のために学園資金を私的に使用し、学園に多額の損害を与えながら、一方において、同一態様、同一経緯により学園資金を使用した分を、学園基盤の拡充とか学園の将来のために行ったということ自体、たやすく受け入れ難い弁解であるといわなければならない。

これに対し、被告人は、検察官に対する供述調書において、判示認定のとおり、学園のためでなく自分自身のために不動産、美術品等を購入し学園資金を私的に使用したことを一貫して認めているのであって、犯行の動機、経緯、態様、犯意等について詳細、具体的に述べるところは、合理的で首肯するに足りる。なお、弁護人は、被告人の右供述調書に信憑性がない理由として検察官の誘導、理詰めの質問とこれに対する被告人の迎合等を主張するが、検察官の被告人に対する取調べにおいて、被告人の意に反する誘導ないし理詰めの尋問が行われた形跡は窺われないこと、勾留中被告人と弁護人との接見が頻繁に行われていること、被告人は公判の冒頭手続において公訴事実をすべて認めていること、被告人の当公判廷における弁解が不合理であることなどを考え併せると、右供述調書には任意性はもとより信用性が十分あることは明らかである。

以上の次第で弁護人の前記主張は理由がない。

二  所得税法違反の事実

(一)  本件背任及び業務上横領により得た利益の所得性及びその認識について

所論は、背任や横領による行為は法律的に無効であり、これによって得た利益は所得を構成しないと主張する。

しかし、所得に対する課税は、現実に経済的な利益を享受している状態に着目し、これに担税力を認めて税の負担を求めるものであって、利益を生じこれを保持する原因となった行為の適法性や有効性とは直接の関連性を有せず、ただ所得を認むべき基礎となる利益享受の事実状態の確実性、安定性を考えるにあたって、右の収入の基因となる行為の性質、態様が斟酌されるに過ぎないと解される。本件においては、被告人の本件背任、業務上横領に基づく利益の取得は、行為の外観において通常の業務の遂行と変らない小切手の振出、交付、預金の払戻し、保管金の支出という行為を利用し平穏かつ公然と行われ、しかもその利益を被告人は確実に保持し享受していることが認められるから、本件背任及び業務上横領により被告人が得た利益は所得を構成することが明らかである。

次に所論は、被告人が購入した不動産、ゴルフ会員権、書籍、美術品等は学園の資産もしくは備品であるから、そのための学園資金の使用は被告人の収入とはならず、被告人もそのように認識していたものであり、又被告人の家族の私物の取得や岡野貴美子らへの援助等個人的用途のために学園資金を使用した分についても、いずれ清算すべき学園からの借入金と考えていたので、被告人には収入であることの認識がなかった旨主張する。

しかし、本件の不動産、美術品等の購入が学園のためではなく、被告人が個人的に保有する目的で被告人自身のためになされたものであることは既に判断を示したとおりである。そして、被告人が個人的に購入したこれら不動産、物品の代金支払いなどのために学園資金を使用しその負担を免れることが利益となり、所得税を申告すべき所得となることは自明のことで、被告人が検察官に対する供述調書(六月二八日付、七月九日付、七月一〇日付)において所得の認識を自認しているのも当然であり、十分信用することができる。又背任、横領を認める分が学園からの借入金であると考えていたとの主張については、被告人はその旨当公判廷で供述するけれども、学園の経理上借入金としての処理がなされていないことはもちろん、被告人が右のような用途に学園資金を充てたことは被告人以外の学園関係者において知る由もなく、また長期間にわたる右犯行の過程において、被告人が学園に対し使用した金員を一度も返済したことがない事実に照らして、被告人の弁解は信用できず、被告人が前記供述調書において述べるように、被告人は右行為による学園資金の使用を不動産購入等の場合と同様に考え、それによる利益が自己の収入となり申告を要する所得となることを認識していたことは明らかである。

(二)  「偽りその他不正の行為」について

所論は、被告人が本件小切手を振り出すにあたり架空会社の領収証を作成するなどして村井学園の経理を仮装したのは、補助金を受けていた東京都の監査を通過させるためであって、自己の所得税をほ脱する目的でしたものではないと主張する。

そこで検討すると、被告人の検察官に対する昭和五九年六月二七日付、七月一〇付、七月一八日付各供述調書、川西五郎、金子重夫の検察官に対する各供述調書その他の関係証拠によれば、被告人は、昭和五〇年代の初めころから、村井学園の資金を私的に使用して施設等の利用権や不動産を取得するようになり、これが発覚しないように、学園に出入りする業者から金額白地の領収証を貰い、修繕費等の名目の架空の伝票に合わせて領収証を整え経理を仮装していたが、昭和五四、五年ころからは印刷業者を通して実在する十数社の業者名のゴム印、印鑑を作らせ、又出入りの図書類販売業者に依頼して高野建設という架空会社の領収証を準備させたうえ、親しくしていた女性や知人に指示して架空の領収証などを作成させ、さらに手間を省くため業者名を印刷した領収証、請求書等の用紙を作り架空の書類を作成していたこと、経理を仮装する手順として、被告人は、正規の支払い分については、小切手を振出す都度その耳(控え部分)にボールペンで支払い先等を記入したが、私的な支払い分については、正規の支払いに見えるように端数のついた金額にして小切手を振出したうえ、その耳には後の処理のため鉛筆で記入したり、あるいは記入しないでおき、毎年五、六月の学園の決算時期に合わせ、一年分をまとめて小切手の耳にもとづき金額に応じて適宜業者名、支払い科目を決め、架空の伝票、領収証等を作成していたことが認められる。

ところで、被告人は、当公判廷において、このように架空の領収証を作成するなどして仮装の経理処理をした理由について所論に添う供述をしているが、被告人の右供述は、本件犯行を否認する不動産、美術品等の購入分はもとより、犯行を自認する純私的用途に使用した分についても、それによる利益が被告人の収入となり申告を要する所得であるとの認識がなかった旨の供述と一体をなすものである。しかし、右の認識に関する被告人の弁解が信用できないこと、又本件犯行によってもたらされた利益がすべて被告人の所得を構成し、かつ被告人にその認識があったと認むべきことは先に述べたとおりである。そこで右の事実を前提に考えると、被告人が経理を仮装したのは、被告人が個人的用途の支払いに学園資金を使用したため、これを隠ぺいする必要が生じたからであり、前者は後者の手段として行われたのであるから、学園資金の使用が被告人の所得となり、被告人にその認識があったとすると、被告人はその所得を秘匿するため経理を仮装したとも認めることができる。被告人が本件犯行により多額の所得を得ながら、長期間にわたり納税の申告をしなかったのは、経理を仮装することにより学園資金を私的に使用していることが発覚せず、同時に被告人の所得も秘匿されると考えたからにほかならない。

もっとも、経理を仮装することにより、補助金を交付する東京都の学園に対する監査が無事通過することになるのも事実であり、特に右の監査が毎年確実に行われるのに対し、税務調査については学園が学校法人であり、又被告人が給与所得者であるため、その回数は比較的少なく、調査の程度もゆるやかであろうことを考えると、被告人にとって都の監査が当面の関心事となっていたであろうことは推察するに難くない。しかし、このことは経理の仮装が被告人の所得を秘匿するためになされたことと矛盾するものではなく、両者は併存し得るし、その間に軽重があっても差支えない。この点を被告人の検察官調書によってみると、被告人は、「正直に申告すれば、私の悪事が表ざたになるし、多額の税金を払わなければならなくなるので、この裏収入を絶対に隠さなければならないと思っておりました。特に学園の経理を監査する東京都に対してと税金の調査をする立川税務署に対しこの裏収入を何としてでも隠すつもりでした。」「はっきりした決意をもって架空処理を始めたのは昭和五〇年代初めからでした」(以上七月一〇日付)、「私は学園の経理をごまかして学園の資金が私個人の懐に流れ込んでいることを隠しさえすれば東京都に対しても立川税務署に対しても私の悪事や裏収入の発覚を防ぐ事が出来、今後も引続いて東京都からの補助金を受けられる上、学園の資金から引続いて裏収入を得る事が出来この裏収入に対する税金をごまかし払わないですませる事ができると考えておりました。」「私個人や学校法人である学園が税務調査を受けるような怖れはあまりないと思っていましたし、三月一五日の所得税の申告期限が切れたとたんに立川税務署が私の所得税に関して調べに来るような怖れもないだろうと思っていましたので、毎年五、六月にかけて不正経理をまとめてやり、つじつまを合わせておけば十分だろうと考え、毎年この時期に学園の不正経理と私の裏収入のごまかしとを併行してやっておりました」「架空処理をしたのは、東京都からの補助金対策及びそれに伴う都の監査対策もさる事ながら、学園からの裏収入による私の所得税を免れる為、つまり税務対策上も絶対にやっておかなければならない必要不可欠の措置でした」(以上七月九日付)などと述べており、右供述内容は十分合理的で納得するに足り、信用できると判断される。

以上のとおり、経理の仮装処理は、被告人が本件背任及び業務上横領により得た所得を秘匿するため行われたものと認められる。

そこで進んで被告人が昭和五六年分及び同五七年分の所得税の確定申告をした経緯、内容についてみると、被告人の検察官に対する七月一五日付供述調書等によれば、被告人は、従前から学園資金を私的に使用して得たいわゆる裏収入はもとより、不動産収入の大部分、出入業者からの手数料収入等を除外して申告していたが、昭和五五年分の申告にあたり、期限内に申告書を提出せず、このため立川税務署員の調査を受けたものの右の収入分は発見されず、申告書にはその指導どおりの所得額を記入して申告していたことから、同五六年分の申告においても、前年分の申告額をそのまま写して虚偽過少の申告をしていたところ、同五七年分の申告をする段階になって、二年続けて同じ所得額にするわけにはいかず、かといって適当な数額を申告したのではかえって怪しまれ、裏収入その他の収入がばれるのではないかと怖れ、全く申告しない方が五五年分の時と同じ様に、調査が程々になり徹底した調査を受けないですむと思い、結局中途半端な申告をするのが一番危険なので全く申告しないことを決意し、税務調査を受けたとしても実際の所得額が露見しないですめばそれを受け入れようと考え、申告書を提出せず法定の期限を徒過させたことが認められる。

右認定事実に先の所得秘匿行為を併せ考えると、被告人は、昭和五六年分の所得に関し、所得税をほ脱する意思で経理の仮装という所得秘匿行為を行い、かつ虚偽過少の申告をしたのであるから、その所為は所得税法二三八条一項にいう「偽りその他不正行為」に該当することが明らかであり、同五七年分についても、前年分と同様所得秘匿行為を行ったうえ、所得税を申告すべき立場にあることを認識しながら、ほ脱する意思のもとに、あえて申告せず法定の期限を徒過させたのであるから、やはり右「偽りその他不正行為」に該当し、いずれも同条の罪の成立は免れないというべきである。

(法令の適用)

一  罰条

判示第二の一の(一)ないし(三)の各所為につき刑法二四七条

判示第二の二の(一)、(二)の各所為につき刑法二五三条

判示第二の三の(一)、(二)の各所為につき所得税法二三八条一、二項

一  刑種の選択

判示第二の三の各罪につき懲役刑と罰金刑の併科

一  併合罪の処理

懲役刑につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第二の二の(二)別紙犯罪事実一覧表(五)番号5の罪の刑に加重)

罰金刑につき刑法四五条前段、四八条一、二項

一  未決勾留日数の算入

刑法二一条

一  労役場留置

刑法一八条

一  訴訟費用

刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、私立学校の経営、教育の責任者により敢行された大規模な背任及び業務上横領事件とそれに伴う多額の所得税法違反の事件である。すなわち、学校法人村井学園の理事で同学園の営む立川女子高等学校の校長を兼ねていた被告人は、妻が就任していた同学園の理事長に代り、長年にわたり同学園の実質的な責任者として学園経営を一手に引き受け、学園の預金の管理、小切手振出行為等金銭出納業務を独占的に統括掌握していた立場を利用し、個人的用途のために学園の小切手を振出すなどして、学園に損害を与える一方、その相当部分を自ら利得していたものである。判示認定にかかる背任及び業務上横領の事案は、昭和五三年一一月から同五九年四月までの間の通算五二九回に及ぶ多数長期間の犯行であるが、被告人の検察官に対する供述調書(七月九日付、七月一〇日付)によれば、被告人は既に昭和五〇年代の初めころから学園資金を私的に使用することを考えかような行為をしていたというのであり、経理仮装という一連の犯跡隠ぺい行為とを併せ考えると、本件はまさに計画的に行われた常習的犯行というほかない。そして、本件犯行により学園に与えた損害が合計約七億六七〇〇万円と巨額であることは驚くべきことで、本件犯情を考えるにあたって最も重視さるべき事情であると思われる。この点をさらに学園の資金収支との関係においてみると、村井学園では長期、短期の借入金が昭和五四年度六一〇〇万円余、同五五年度一億三七〇〇万円余、同五六年度六億九〇〇万円余、同五七年度一二億八〇〇万円余であり、本件は同学園がかかる多額の債務を抱えた状況の中で行われたと評することもできるし、また同学園は補助金を昭和五四年度一億四六〇〇万円余、同五五年度一億七一〇〇万円余、同五六年度二億一五〇〇万円余、同五七年度二億五八〇〇万円余受けており、本件犯行による損害額と補助金の額を対比させてみると、被告人は補助金を喰い物にした(とくに昭和五六年度及び同五七年度において顕著である)との検察官の主張も故なしとしない。

被告人が本件犯行により学園資金を使用した対象は、ハワイや国内各地の別荘、マンション、施設利用権、ゴルフ会員権の購入代金及びこれらのための借入金返済のための定期積金、デパートにおける宝石、高級腕時計、家族の日用品等の買物代金、自動車の購入代金、書籍販売その他専門業者からの書画、骨とう、美術品、象牙等の購入代金、親しくしていた女性三名への援助、固定資産税の納付金、アパート、駐車場建設代金等多種多彩であるが、このような資金の使い方をみると、とくに被告人が当公判廷において事実を認める分に顕著にあらわれているように、被告人は学園資金をあたかも自己のもののように考え扱っていたとみることができる。

また、被告人が長期間にわたり架空の伝票、領収証を作り経理を仮装していた状況は、先に弁護人の主張に対する判断の項で認定したとおりであるが、これは被告人の本件犯行に対する意思の強さをあらわしているものであり、犯跡を隠ぺいするために毎年毎年異常な努力を重ねていた様子は、およそ教育者のイメージとほど遠いものがある。

さらに、本件が教育の責任者により学園を舞台に行われた点も無視できない。すなわち、村井学園は、古く大正末に創立の起源をもち、その擁する高等学校は立川市及びその周辺における代表的な女子学校として相応の評価を得ていたものであり、本件犯行により生徒及び父兄の学園教育に対する不信を募らせ、生徒、教職員の学園への帰属意識を薄れさせるとともに、学園に対する社会の評価を低下せしめたであろうことは容易に推察することができ、このように本件犯行が生徒をはじめとする学園関係者や社会に与えた影響も斟酌しないわけにはいかない。

以上のとおり本件背任及び業務上横領の事案をみてきたわけであるが、他方、被告人が本件犯行を決意するに至った原因、背景には考慮を要すべき問題がある。被告人の妻みどりの義弟にあたる松本雄三が村井学園の理事長の愛子と養子縁組を結んだうえ、同学園の敷地等学園存続の基盤となる同女の遺産を共同相続し、村井家の関係者で被告人のみが相続人から排除されたこと、愛子の死後松本は自分が理事になることが同女の意思である旨言ったり、跡を継いだ理事長のみどりに対し理事になることを承諾させる文書を作成させるなどして次第に学園経営に参画する意欲を示したこと、このため被告人は松本に学園を経営する地位を奪われ、学園経営から排除されるのではないかとの危機感を強め、これがきっかけとなって学園資金を私的に費消し資産を蓄積するなどするようになったことは既に述べてきたとおりである。ところで、関係証拠によれば、被告人は村井学園の経営に携わるようになって以来、生徒の募集、教育内容の充実、校舎の建設等学園基盤の充実、拡大に努め、ある時期には寝食を忘れて学園の経営に没頭するなど学園のために心身を傾注してきたことが認められ、戦後の村井学園の発展と現在の安定はひとえに被告人の努力に負っているといっても過言ではない。こうした事情を考えるとき、愛子が被告人を相続人の立場から排除し、これまで学園経営にほとんど貢献することのなかった松本を相続人の一員にしたことは、たとえそれが松本の巧みな慫慂によるものであるにせよ、また被告人に女性問題その他の問題があったにせよ、被告人からみれば、被告人に対する配慮を欠いた酷な措置というべきであろう。

こうした被告人に対する冷淡、無理解な態度は、愛子の跡を継いだ妻みどりについてもいえるのであって、同女は村井家直系の長子ということから理事長となったものの、実務能力がなく学園経営に全く関与しなかったことは愛子と同様であり、妻としてもいささか情愛に欠け、理事長の職にありながら、学園の経営に関心を示さなかったばかりか、学園経営維持のため努力している被告人を支えようとせず、かえって不用意にも松本雄三を理事にすることを承諾する文書に署名する(私立学校法三八条四項によれば、理事たる役員のうちには各役員についてその配偶者又は三親等以内の親族が一人をこえて含まれることになってはならないと規定されており、松本が理事になれば被告人が排除されることになる)など、被告人の努力に水を差すような行動をとっていたものであり、前記のように学園経営上の地位を奪われかねない状況にあった被告人としては、妻であり理事長であるみどりを頼りとすることもできず、村井家の中にあってますます孤立感を深めていったものと思われる。したがって、村井学園をここまで大きくし育ててきたのは自分であるとの自負心を持っていた被告人が右の事態に直面して何らかの対応策を講じようと考えるのも自然であり、そのこと自体は何ら非難されるべきことではないばかりか、かかる状況に追いつめられた被告人の立場には同情すべきものがある。しかしながら、このことから被告人が措った本件の具体的方法が正当化されるものではない。学園の資金はあくまで学園のために使用されるべきであり、これが被告人個人のために使用されてはならないことはいうまでもない。被告人の本件行為は守るべき限度を超えた違法な行為と認めざるを得ないのである。このことは村井学園の最大の功労者である被告人にとってまことに惜しむべきことと思われる。

本件所得税法違反の事案については、ほ脱した額が三億五九〇〇万円余と極めて高額で、その割合も昭和五六年分で九九パーセントを超え、同五七年分は一〇〇パーセントであること、不正行為の態様も周到巧妙であること、申告を除外した収入の大半は背任及び業務上横領で得た利益であるが、昭和五六年分にはそれ以外に学園出入りの業者から受領した手数料収入や進学塾に教室を貸した収入が六九七万円余、貸地や貸駐車場の収入が六一三万円余あり、無申告の昭和五七年分にも右と同程度の収入があることなどを指摘することができる。

以上に対し被告人に有利に斟酌すべき事情としては、右に述べた被告人の村井学園に対する顕著な功績、貢献度を指摘しなければならないが、これに加えて、被告人が村井学園に対し本件の被害全額を弁償した点を挙げることができる。すなわち、被告人は村井学園に対し、起訴前に二回にわたり合計一億三〇〇〇万円を弁償し、その後七回にわたり被告人が所有していた駐車場を売却するなどして合計六億九八七八万五〇〇〇円を弁償していたところ、昭和六〇年一一月二日村井学園との間で双方の代理人立会いのもとに和解契約を成立させ、同学園に対し本件起訴にかかる全損害七億六八二四万六二一八円及び本件により同学園が東京都へ返還を余儀なくされた補助金相当額、その違約金、延滞金の合計三億一〇九三万三七〇〇円について賠償義務があることを認めたうえ、既に学園に弁償していた金額のうち起訴にかかる全損害に相当する額を同損害の賠償に充当し、残額六〇五四万八七八二円を補助金等の返還債務の一部に充当することを合意し、後者の未払金を昭和六一年九月三〇日までに支払うことを約し、抵当権を設定するため被告人所有の残存不動産を提供することとし、これに必要な書類を交付していることが認められる。そしてこれに伴ない、被告人は昭和六〇年一〇月五日、立川税務署長に対し、所得税法一五二条、同法施行令二七四条に基づき本件対象年分の確定所得金額につき更正請求を行い、同年一一月三〇日同税務署長から更正決定を受け、背任、横領で得た所得を全額減額されている。このほか、村井学園は事件後理事会が一新され、現在では生徒募集や生徒に対する教育、指導も支障なく行われており、新らしく就任した理事長が当公判廷において証言するように、全理事の総意により被告人に対し寛大な処置を望む旨の上申書が作成されていること、被告人は本件により相当の社会的制裁を受け、村井学園との関係を絶ち、村井家とも離れて独り蟄居し、反省の日々を送っていること、被告人には前科前歴が全くないこと等の事情が存じ、被告人の年令、家族との関係についても酌むべき点がある。

以上被告人に有利、不利な諸事情を全般にわたって摘示してきたが、当裁判所は、これら諸般の情状を考慮し、被告人に対する刑の量定を慎重に検討した結果、被告人に対しては、幾多の酌むべき事情があるとしても、なお前記犯情にかんがみ、懲役刑の執行を猶予するのは相当でないと判断した次第である。なお、罰金刑については、所得の特質、減額更正を受けている事実等を考え主文の額を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役六年及び罰金一億円)

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 石山容示)

別紙犯罪事実一覧表(一)

〈省略〉

別紙犯罪事実一覧表(二)

〈省略〉

別紙犯罪事実一覧表(三)

〈省略〉

別紙犯罪事実一覧表(四)

〈省略〉

別紙犯罪事実一覧表(五)

〈省略〉

別紙1

修正損益計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

村井弘

〈省略〉

〈省略〉

別紙2

修正損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

村井弘

〈省略〉

〈省略〉

別紙3-〈1〉

村井弘

ほ脱税額計算書(単位 円)

〈省略〉

(注) 昭和56年分の特別減税額2,500円は「昭和五十六年分所得税の特別減税のための臨時措置法」の規定に基づくものである。

別紙3-〈2〉

資産所得合算のあん分税額計算書

村井弘

〈省略〉

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